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【愛屍の臨界】東京ゾンビサバイバル──人類最後の希望に焚くべられたふたりの恋人の物語
【愛屍の臨界】東京ゾンビサバイバル──人類最後の希望に焚くべられたふたりの恋人の物語
Author: 斉城ユヅル

プロローグ ゾンビは俺たちから《甘い夜》を奪っていった。

last update Last Updated: 2025-10-30 23:21:17

体育館に歓声が響いている。

業界団体主催のフットサル大会。

俺もゼッケンを着けてコートに立っていた。

運動はそこそこだが、フットサルは得意じゃない。

必死に走り、足元に転がってきたボールを、ただ前へと蹴り出した。

苦し紛れだ。

その先に、彼女──美咲がいた。

俊敏にボールをトラップし、身体をひねって相手をかわす。

一瞬で加速、一直線にゴールへ。

──シュート!

ネットが震え、体育館全体に歓声が広がった。

仲間に囲まれ、満面の笑みでハイタッチする美咲。

汗に濡れたセミロングの髪が揺れ、光に照らされた頬は健康的に輝いていた。

・・・すげぇ。

声には出さない。

俺はもう息が切れ、肺が熱を持っている。

膝に手を置き、俺はただ胸の奥で呟いた。

──才色兼備、文武両道。

まさに高嶺の花と言われるだけはある。

だが、俺は、女というより、人としてアイツを尊敬していた。

住む世界が違う。

見上げる高みに君臨するエリート。

悔しさすらなく、自然とそう思った。

同期として後ろから応援するだけ。

それが相応しいし、それでよかった。

歓声の輪の中で、美咲が一瞬だけこちらを見る。

ふん・・・やるじゃない。

そんなニュアンスを感じた。

気のせいだろう。

あのゴールは美咲のプレーだ。

誰がやってもきっとゴールしていたはずだ。

*

【6月20日(金曜日)19:47】

──ブルブル

懐かしい夢から俺を引きずり出したのは夢に出てきた張本人。

──メッセージ1件。

19時47分。

美咲みさき:今からアンタんち行くから!

都合を聞かないこのやり取りにも、もう慣れた。

「了解」と返す。

待ち受けには、スーツ姿で腕を組む美咲の写真。

アイツと付き合い始めたころに「写真ないか?」と言ったら、秒で送ってきた。

後輩の彩葉いろはに撮らせたらしい。

ノリノリでポーズを決める二人の光景が目に浮かぶ。

「さてと……最低限片付けるか」

呟きつつ、ベッドから腰を上げる。

今日は金曜日。

週末だからと油断して、スーツを脱ぎ、そのままベッドで寝ていたようだ。

散らばったジャケットとズボンを拾い上げ、クローゼットに仕舞う。

机の上に置きっぱなしのコンビニ袋とビールの空き缶をまとめてゴミ箱へ。

今週溜めたゴミを排除するのに10分もかからなかった。

なんせ、8畳一間のワンルームだ。

仕上げに掃除機をかければやることもない。

スマホを見る。

待ち受け画像の上、時刻は《20時》を回ろうとしていた。

*

──ガチャ、ガチャ。

乱暴にドアを引っ張る音。

俺は動かない。

──ガチャリ。

美咲には合鍵を渡している。

玄関のドアが閉まり、直ぐに居室のドアが開く。

「カギくらい開けておきなさいよ!」

開口一番、響く強気な声。

合鍵の存在意義とは・・・

と思いつつ、視線を向ける。

仕事帰りのスーツ姿。

会社では見慣れた美人。

だが、俺の家にいるとまた違って見える。

しっかりと身体にフィットしたジャケット。

女性らしいラインが浮ぶ。

すらりと伸びる脚はタイトスカートに包まれ、一分の隙も無い。

セミロングの髪は緩やかに巻かれ、柔らかく波打つ。

頬にかかる一房が、彼女の勝ち気な美貌に柔らかさを添えていた。

美人、美女という言葉が似合う高嶺の花。

そして、何の因果か、俺の彼女だ。

「へいへい。残業お疲れ様。エース営業も大変だな」

俺は肩をすくめてそう言った。

視線の先、ニヤリと笑う美咲。

ん・・・何か袋を提げている。

「契約取って来たわ。これで三半期連続トップは確実ね!お祝いのケーキ買って来たわよ」

あの案件、まとめてきたのか。

思わず無心で拍手していた。

「スゲェな、ほんと」

ふふんと鼻を鳴らしながら、彼女は当然のように冷蔵庫を開け、ケーキを仕舞う。

「で、ご飯は?」

「……帰って寝てたから食べてないな」

「食材使うわね?……って、何もないじゃない!」

冷蔵庫のドアが勢いよく閉まり、呆れた目線が突き刺さる。

だが、すぐにため息を落とし、中をもう一度覗き込む。

「卵と玉ねぎ。あとウインナー? 最低ラインね」

美咲が手早くジャケットをクローゼットに仕舞う。

台所に立つブラウス姿の美咲が、エプロンもせずに卵を割り始める。

──まるで家主だな

そう思いながら、苦笑した。

*

ローテーブルに座る俺の前に、山盛りチャーハンがドンッと置かれる。

「ふかーく感謝してから食べること! いただきましょ」

「あぁ、作ってくれてありがとな。いただきます」

二人でスプーンを動かす。

美咲は男顔負けの勢いで食べるのに、スタイルは崩れない。

運動量の差か、代謝の差か。

少したるんだ自分の腹を意識し、そっと背筋を伸ばした。

モリモリ食べても下品にならないのは、彼女が日頃から気を配っているから。

「会食があるから色々練習してるの!」

以前、そんなことを言っていた。

ふと、記憶がよみがえる。

──あの日、あの事件。

二人で拉致され、力を合わせて、逃げ出したあの一件。

もしあれがなければ、今も俺にとって、美咲はただの憧れの《同期》だったはずだ。

──絶対に秘密よ。

そう彼女に誓わされた。

だから、誰にも言わない、あのことは。

俺は彼女の弱さを知り、その奥にある輝きを知った。

そして、美咲は・・・

「アンタはやるときはやる男」

そう、俺を評してくれた。

それがきっかけ。

そして今、目の前でチャーハンを頬張る《美咲》がいる。

「何、じっと見てるのよ?」

美咲が手の止まった俺を見て小首をかしげる。

いや、と首を振りつつ、その想いは言葉になる。

「お前が彼女なんてな。今でも信じられんよ」

笑うか、顔を顰めるか。彼女が迷っている。

嬉しいけど不満。そういうことらしい。

肩を軽く落として美咲が言う。

珍しく素直な声だった。

「完璧ってのは疲れるものよ。気が抜けないから。そして、いつしか気を抜ける場所が無くなっていくの」

「そりゃ、あたしは才能あふれた美人よ?でもね、完璧ではないの」

「だから、アンタがそこにいる。その自覚を持って、もっと精進しなさい」

その言葉の意味、俺には分かる。

「もちろんだ」

アンタはアタシを分かってる。

言い方は違えど、美咲はなにかにつけてそう言う。

抽象的で掴みどころはないが、何となく分かる。

だからと言って、コイツの隣に立つのは簡単ではないんだけどな!

「その意気はいいけどさ。アンタ今期何位よ?」

「ん……3位だぞ」

「3位だぞ?じゃないわよ。早く2位に上がってきなさいよ、アタシが1位なのはいいとして、2位までは上がれるでしょ?」

こんな感じでエース営業様からコツコツ叱責を賜り、俺の営業成績は付き合い始めてから──ここ《2年》で急上昇していた。

(──最初は中間くらいを行き来していたんだぞ!?)

そんなことは言えない。

「黒沢が2位だ。あいつも天才系だ。凡人枠なら俺はもうトップと言っていいんじゃないか?」

「言い訳せずに、上を目指す!」

このストイックさがコイツの完璧さを作っているなら、隣に立つ俺もそれなりにならなければならない。

まぁ、頑張るしかないわな。

「へいへい」

声に覇気がないのくらいは、許して欲しいところだ。

俺の返答にムーッと膨れていた美咲が萎んだ。

「ま、いいわ。悟司さとし、ケーキ食べましょ」

チャーハンを食べ終えたら即ケーキ。

切替も素早く美咲が冷蔵庫からケーキの箱を持ってくる。

ケーキ屋さんのケーキだ。

しかも、3つある。

「アタシは2つ。アンタは1つ。文句ある?」

「ありませんとも」

どこで買って来たかは知らんが、甘くてとろけるように美味しかった。

「んっ~!」と顔を溶かす美咲を見る。

コイツは甘党だ。だが、外ではそれを見せたくないという。

そういうわけで、デートで甘味処に行くことはなく、もっぱら家で食べている。

食べ終えた俺はやることもなく、美咲を眺めていた。

ふとフォークを止めた美咲がケーキを見ながら呟く。

「凡人は天才に勝てない──みんなそう思い込んでる。でも、実際は数と粘り。天才は気まぐれだけど、凡人は積み上げられる。その差で勝てるの」

その一言は・・・。

きっと、今の俺が最も必要とする一言。

「その芯を突く能力はどうやったら身につくんだ?数と粘りで届くとは思えんぞ」

「アンタにもできるわよ。才能はあるもの」

──才能?

そんなもの、俺にあったか?

はてなを浮かべた俺を面白そうに見つめてヒントをくれる。

「相手の気持ちを理解する。それを素直に受け止める。それは才能よ。根っこが掴めるから、一番効く言葉が浮かんでくる」

頭の中に、美咲に首根っこを掴まれて、押さえつけられる俺が浮かぶ。

なるほど。心臓をズサッと刺されるわけだ。

「……少し分かった気がする」

そういう俺をジト目で笑って、美咲は残りのケーキを口に運んだのだった。

*

ケーキを食べ終える。

満足げな美咲。

お茶を一口飲み、試すように俺を見つめてきた。

「ねぇ、悟司。金曜日の夜に美人の彼女がケーキを買ってきてくれたのよ。何か言うことないの?」

「……あっ」

「ほら、何?」

「ありがと」

あれ、ミスったか。

「……はぁ。あなた、今、とても大きなものを逃したわ」

「・・・?」

ジトッとした視線が突き刺さる。

さっきから少しお怒りムード。

俺の視線を確認して、美咲はさりげなく胸を寄せるように腕を寄せた。

──あ。

そういうことか。

自分の鈍さが恨めしい。

「……なぁ、美咲、今夜、いいか?」

「致命的に遅い!……まだ数が足りないようね」

挑むような言葉とわずかに浮かぶ口元の笑み。

叱責と甘さが混じった声に、胸が高鳴っていく。

「じゃ、先にシャワー入ってきて。アタシは後から入るから」

*

窓の外、車が走る音が小さく響く。

今は・・・それ以外にこの部屋を満たす音はない。

美咲は俺の胸に頭を乗せている。

濡れた髪が肩口にかかり、甘い匂いが漂っていた。

呼吸はもう整っている。

けれど、その体温はまだ消えずに残っていた。

甘えるように美咲が、頭を擦りつけてくる。

──あぁ、もうこのまま寝ちゃお

そう思った時だった。

──ブルブル

震えるスマホ。

・・・こんな深夜に誰だよ。

だらんとした美咲をゆっくりと脇に寝転がして、スマホに手を伸ばす。

画面が光る。

眩しっ。

──メッセージ1件。

23時53分

彩葉:先輩、これやばくないっすか!?

SNSのリンク。

開いた。

『渋谷、20時。人間ってこんなんで動けるの?』

動画付きだ。再生する。

*

雑居ビルが映る。

大通りの脇道。

中央にひとりの人間が立っている。

──腹部から、ヒモのように内臓がだらりと零れ落ちていた。

血塗れだ。

それでも、そいつは歩いている。

遠巻きに見つめる何人かの人。

スマホを構える手が震えているのか画面が揺れる。

誰かの悲鳴が響いた。

そいつは、声の方向を見る。

歩いていたはずが、早足になる。

そして、走り出す。

揺れる画面。

悲鳴。

──暗転

*

心臓が一拍、ドンッと乱暴に脈打った。

全身に鳥肌が広がるザワザワした感覚。

まるで、背中に鋭い刃物が一ミリ食い込んだよう。

ただの映像だと頭では分かっているのに、体が勝手に反応した。

胸を押さえ、ふぅふぅと息を吸う。

全身が《これは異常だ》と叫んでいた。

背中に寄り添う美咲の気配。

咄嗟に、肩越しに美咲の顔を見る。

スマホ画面の明かりに照らされた美咲の目が、大きく見開かれていた。

瞳は揺れている。

呆然・・・。

こんな美咲の表情、初めて見た。

だが、その揺れは一拍だけ。

直ぐに焦点が合い、目が細くなる。

彼女の視線が俺に突き刺さる。

「今すぐ調べるわよ」

その声の鋭さに、俺は無言で頷いた。

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